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ヒ素を使って増える細菌が発見された?されていない?

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※続報について記事を執筆しました。
日本語バイオポータルサイト注目ニュース「続報:ヒ素生物は存在したか?

 2010年11月末、NASA(アメリカ航空宇宙局)から宇宙生物学に関する重要な発表を行うとの予告があり、「地球外生命体の発見か」と騒がれた新聞報道は記憶に新しい。12月2日に行われた記者発表で、これが高度にヒ素耐性でヒ素(元素記号 As)をリン(元素記号 P)の代わりに使うことができる細菌のことだと判明した。これが事実であれば生物学上の重要な発見なのだが、一般的の人々の興味を引きにくかったためか、騒ぎは一段落したように見えた。しかし、Science誌に論文が発表(1)されると、その内容に対する厳しい批判が起こり、同誌にも少々批判的なインタビュー記事が掲載された(2)。さらに6ヶ月後の今、批判と反論を集めた特集がAlberts編集長によるEditor’s Noteと共に出版されるに至っている(3-5)。

 ヒ素は、周期律表を見るとリンと同じ族の元素であり、したがって化学的性質も似ていることが推測できる。リンは、DNA、RNA、タンパク質、リン脂質、ATPなど生体物質に広く含まれており、細胞のエネルギー生産と保持、物質の代謝と合成、細胞の構造維持、遺伝情報、細胞内外の情報伝達に至るまで、生物に共通の使われ方をしている。つまり、生命の誕生と進化の歴史の初期から関わっている元素といえる。一方のヒ素は、「森永ミルク事件」のように食品に混入したり鉱山廃水から流出して問題になったりするなど、広く知られた 毒物である(6)。一方で、その毒性を利用して白血病の治療に使われたこともあるし、今は使われていない梅毒治療薬サルバルサンも、ヒ素が共有結合した有機化合物である(7)。ヒ素が毒性を持つ理由は、リンと化学的性質が類似しているため リン酸エステルの部分が ヒ酸エステルに置き換わったり、酵素活性に重要な -SH基と結合して 酸化的リン酸化などの重要な生体反応に触媒的に作用して障害を与えるからである(6)。

 Science論文(1)の筆頭著者が所属する米国地質調査所の研究グループは、10年以上前から高塩濃度、高pHのアルカリ性塩水湖の微生物を調べている。話題の細菌が単離されたモノ湖(カリフォルニア州)もそのひとつで、湖水には高濃度(200μM程度)のヒ素が含まれており、 嫌気的な条件下でヒ素を酸化剤として生存に必要なエネルギーを得る細菌が単離されている。しかし、これまでにヒ素を生体構成成分として取り込んだとの記述はない(8, 9)。問題の論文(1)もモノ湖で採取した微生物を対象としているが、ヒ素を添加した培養液で 好気的に増殖した細菌を選択した点が違う。研究のアイデアとして、なぜこのような実験条件を設定したのかは是非とも知りたいところだが、著者たちは3ヶ月間培養を続け、Halomonas属に分類された菌の単離にこぎ着けている。

 この菌について、さらに解析が加えられているのだが、論文及び補足データを見ると、選択した培養条件もそうだが、さらにいくつか説明して欲しいところがある。例をあげると、

  1. まず、ヒ酸添加リン酸無添加(以下+As/-P)で培養した菌と、ヒ酸無添加リン酸添加(以下-As/+P)で培養した菌とを較べると、菌体の大きさがかなり違う(前者の方が大きく、大きさもまちまち)。また、電子顕微鏡切片で+As/-Pの菌に大量に観察された、 封入体らしき構造の実態についても説明が欲しい。
  2. 増殖速度を、+As/-Pと-As/+Pとで比較しているが、指数増殖が終わった段階で到達する菌濃度が違うという、いかにも量に制限のある栄養分を食いきってしまったような増殖パターンを示している。
  3. しかも、+As/-Pといっても低濃度(3μM程度)のリンが混入しているが、その影響についての説明はない。一方で、データによれば、-As/+P条件でもDNAにヒ素が取り込まれたことになっており、データの見方にも疑問を抱かせる。
  4. また、+As/-Pで培養したにもかかわらず、菌から抽出したDNA画分のリンとヒ素のモル比はおよそ50:1となっており、ヒ素の含有量が圧倒的に少ない。論文のタイトルがA Bacterium That Can Grow by Using Arsenic Instead of Phosphorus (リンの代わりにヒ素を使って生育できる細菌)とあるのは、どうみても誤解を招く。
  5. DNA以外の重要な有機リン化合物についての分析結果もあってしかるべきだろう。
  6. また今の時代、ゲノムの解析データも欲しいところだ。

    こういった基礎的生化学データが欠如している。
  7. 質量分析 シンクロトロン分析などの高感度分析の説明はかなり詳しいものの、データの統計と定量的な扱い方について疑問を感じる箇所も多い。

As_in_DNA2

 正しい試料を相応しい方法で調製し、測定結果を適切に評価できなければ、意味のある結論は得られないことは、どの科学分野でも通じる共通認識だ。提示されたデータとその解釈は、お話としては面白いが科学的説得力に欠ける。Science誌の特集(3)では、さらに参考文献の不適切な引用、ヒ素の酸化還元に関する化学原理との背反、ヒ素の存在が低濃度のリンの細胞への取り込みを活性化した可能性などが挙げられているが、今のところ原著者たちは自分たちの主張を引っ込めるつもりはないようだ。

 こうしてみると、どうも解析途中で無理矢理論文にして出してしまったような印象をぬぐえないのは、私だけではないだろう。科学は疑問と検証の積み上げで進歩する。話題の菌については、他の研究者による再現性も含めてきちんとした生化学と分子生物学による検証が待たれるが、こうまで基本的なところで疑問が並べられると追試を行う側にしても意気が上がらないだろう。なぜ、これまでの間に原著者自身が追試を行っていないのか?なぜNASAがこの報告を事前予告までしたのか?など、残る疑問は多い。

 本コラムは、Nature誌による2010年のニュース(10)のひとつにとりあげられた、ヒ素を利用する生命についてのScience誌(2)の論文について、バイオポータル担当者の意見と、その後に出版された同誌の特集(3)をまとめたものである(AFJ)。

参考文献・サイト

執筆

藤山秋佐夫(国立情報学研究所)

編集・作図

隈啓一・薦田多恵子(国立情報学研究所)


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